人材管理という言葉があります。
昔の企業は機械などの生産設備に対して投資を行い利益を得るという考えでした。
時代が下るにつれ、企業が投資する対象は生産設備だけではなく、『人』にも広がります。
企業で働く社員に、お金や時間を投資する(教育する)ことで、育った社員が会社に利益を生むという考えになっていきます。
この時代の流れで生まれたのが人材管理です。
人材管理の手法のメッカ、アメリカではさまざまな手法が開発されました。
日本にも輸入され、多くの企業が人材管理の手法を取り入れました。
しかし、うまくいかない企業も多くあります。
理由はさまざまありますが、教育面も見逃せない要因の一つということに教育の仕事に携わって思い知りました。
この記事では、人材管理の一つMBO(目標管理)がうまくいかない理由を教育面から解説します。
MBO(目標管理)とは
MBO(目標管理)とは『もしドラ』でおなじみのピーター・ドラッカーによって提唱された人材管理の手法です。
社員が自ら目標を立て、それを上司や会社に申告(宣言)し、目標への進捗や実行を自主的に管理する手法です。
自主性を重んじるこの手法は、社員のモチベーションを高め、高い生産性を生み出せるという触れ込みでさまざまな企業が導入しました。
現在では約8割の企業が何らかのかたちでMBO(目標管理)を導入していると言われています。
MBO(目標管理)のメリット
MBO(目標管理)には主に次の3つのメリットがあると言われています。
- モチベーション向上
- 能力の開発や育成
- 人事考課への利用
モチベーション向上
自主性と高い目標から、モチベーションが上がり生産性が上がることが期待できます。
なぜなら高い目標は達成動機につながり、自主性は内発的動機づけに必須の要素だからです。
そしてその目標を申告(宣言)することでコミットメント効果を生みます。コミットメント効果は目標を達成する原動力なるからです。
心理学的にもモチベーション向上対策として理にかなった手法なのです。
参考記事:達成動機 内発的動機づけ コミットメント効果(約束の力)
能力開発と人材育成
高い目標を達成する過程で、自信がつき、業務を遂行する能力やスキルも向上します。
目標を達成できたなら、同じような仕事は繰り返しできるようになっています。仮に目標に達しなかったとしても、その過程で、自発的に創意工夫し、試行錯誤した経験はレベルアップにつながります。
目標の設定の仕方、目標の達成の仕方によって、実務を通じた成長をすることができるのです。
人事考課への利用
人事考課というのは会社や上司が社員を評価して、給与や賞与などの待遇に反映することです。
明確な目標と数値による達成状況は、客観的な指標として評価に使われます。
客観的な指標により、えこひいきや不公平感などがなくなり、社員のモチベーションにつながります。
MBO(目標管理)が失敗する理由
メリットも多く、たくさんの企業がMBOを取り入れました。しかしうまくいかない例が多いです。
失敗する理由は、目標ばかりに目がいってしまい、目標を達成するための自己管理に注目していないからです。
Management By Objectives and Self-Controlの頭文字をとってMBOとドラッガーは提唱しました。
しかし全て訳すと『目標管理と自己管理』となります。
目標だけではモチベーションは上がりません。その目標を達成するための自己管理力があるからこそモチベーションが上がるようになっています。
Management By Objectives(目標管理)にばかり目がいってしまい、Self-Control(自己管理)に対する知識経験が乏しいから失敗するのです。
目標を立てる社員もそうですが、それを受け取る上司や会社も目標と自己管理の関係性、知識や経験が必要です。
自己管理を軽視する理由
自己管理を軽視する理由は、上司または部下に『少しだけ挑戦的な目標』を立てて達成した経験がないことです。
『少しだけ挑戦的な目標』というのがポイントです。
具体的にいうと、次のような流れを経験していません。
- 少しだけ挑戦的な目標を設定
- 行動を振り返りつつ試行錯誤する
- 目標達成
- なぜ達成できたか振り返り確認
- 達成感と自己成長を味わう
この一連の流れで必要な能力が、自己管理(セルフコントロール)です。
自己管理(セルフコントロール)は目先にある誘惑に負けず、長期的な利益に向かって邁進することです。
『少しだけ挑戦的な目標』というのはすぐに達成できる目標ではなくコツコツ積み上げたすえに達成できるような目標のことを言います。
失敗例
『少しだけ挑戦的な目標』を経験したことがないことによる失敗例をいくつかあげます。ほぼ上司が悪いのですが、部下にも問題がある例もあります。
目標を持ちたくない社員
学生時代、社会人時代を通じて、『少しだけ挑戦的な目標』を立てたことがないので『少しだけ挑戦的な目標』が自己の成長につながるという認識を持つことができません。
評価できない上司
評価というのは次の3つから行います。
- 業績考課 目標の達成度合いを評価
- 能力考課 業務を通して身につけた能力を評価
- 情意考課 業務を遂行するときの行動と態度を評価
数量的な評価(業務考課)はできても、内面的な成長(情意考課)を評価できない上司は、自分自身が、『少しだけ挑戦的な目標』から自身の内面の成長を実感したことがないです。
もし『少しだけ挑戦的な目標』を試行錯誤しながら達成し、それを振り返って自身の経験にしていれば、部下が今どんな状況か想像がつきます。経験がないから想像がつかないのです。
目標設定がノルマになる
上司、部下ともに数字の目標にしか目が行っていないときの目標設定は、目標という名のノルマになります。
上司に育成の知識経験が不足しているとき能力考課、情意考課が置き去りにされた目標となりノルマだけが残ります。
上司と部下で満足度が違う
部下は目標数値に届かなかったときも、自分なりの手ごたえを感じている場面は往々にしてあります。しかし上司が数値のみに気をとられている場合、上司と部下に満足度の違いが生じます。
その上司は、内面の成長がスキル習得につながり、スキル習得が最終的な数値として現れることを知らないのです。
見栄えが良いだけの目標を立てる
目標設定が誰のためのものか明確になっていません。会社の投資先としての人材という観点から目標設定をすれば、『社員が成長するための目標』と『数値目標』を両立しようとするはずです。
MBO(目標管理)失敗の根本原因
『少しだけ挑戦的な目標』を達成した経験がない点、数量的な目標(業務考課)ばかりに注目している点を失敗の理由として上げました。
『少しだけ挑戦的な目標』をしてこなかった理由、そして数量的な目標ばかりに目が行く理由は一つの根本的な原因に行き当たります。
それは次の2つのマインドセット(信念)を持っていることです。
自分の能力を固定的で変わらないと思っているうえ、他人からの評価を気にするため、常に自分の能力を証明し続ける必要があると思ってしまいます。
失敗せずにうまくできるだろうか
賢そうに見えるだろうか
認めてもらえるだろうか
このような判断基準は、無意識のうちに行動の決定に影響を与えています。
例えば頑張ることを避ける性格の人なら
頑張っても結果が出なかったら
頑張っても失敗してしまったら
頑張っても賢そうに見えなかったら
頑張っても褒めてもらえなかったら
ということを無意識で考えてしまい全力で頑張ることができない状況に陥ります。
硬直マインドセットの人がたてる目標というのは『極端に難しい目標』または『簡単な目標』になってしまいます。
極端に難しい目標なら、失敗しても自分の心は傷つきません。なぜなら失敗するのがわかっているから自分の能力が否定されるわけではないからです。
簡単な目標でも同じです。失敗する可能性がほぼ無いので自分の能力が否定されません。
このような理由から『少しだけ挑戦的な目標』に向かうことを無意識のうちに避けてしまっているのです。
『少しだけ挑戦的な目標』に向かうことを無意識のうちに避け続けると次の2つを身に付けることができなくなります。
- セルフコントロール
- メタ認知
この2つは目標をたてて、それに向かって試行錯誤をして目標を達成するために必要な能力です。
関連記事:メタ認知を知って勉強の振り返りをしよう
硬直マインドセットを生み出している教育システム
硬直マインドセットはだれしも持っているものです。それが極端にかたよってしまうことに問題があります。
硬直マインドセットに傾かないためには、他人の評価や視線よりも自分自身の成長に興味を示す必要があります。
自分自身の成長に興味を示すには、目標とフィードバックが必要です。
例えば学校のテストなら自分なりの目標点や正解したいところを決めます。
そこに向かって勉強して、テスト結果から、自分の勉強の取り組みが良かったのか悪かったのか振り返ることです。
この一連の流れに他者からの評価はありませんよね。
平均点の害
平均点という要素が入ったらどうでしょうか。平均点は自分でどうこうできる数字ではないですよね。
平均点というものを出されてしまうせいで、目標そのものが自分の成長につながりにくくなったり、フィードバックが平均点に左右されてしまいます。
平均点が目標に及ぼす害
例えば目標なら具体的な目標設定ができなくなってしまいます。
- 乗法公式を使いこなせるようにしてテストでもミスなく正解できるようにする
- 平均点くらいを目指そう 平均点よりも10点くらい上を目指そう
①の生徒なら『乗法公式を使いこなせた』という自分の能力が向上した実感がわきやすいですよね。
②の生徒はどうでしょうか?具体的に何かができるようになったかわかりにくいです。なぜなら点数という数値のみだからです。
平均点がフィードバックに及ぼす害
フィードバックも平均点に左右されてしまいます。
例えば、乗法公式を使いこなせるようになることを目標にします。
テストにむけて勉強を頑張り計算問題は全問正解できました。目標達成です。
しかし、そのときのテストの平均点がたまたま高くなってしまい、自分の点数は平均点よりも下でした。
大人なら、平均は平均、自分の目標は到達したと考えられるでしょう。しかし子供のうちからそのような考えはなかなかできません。
そこで、周りの大人がフォローできれば良いのですが、フォローするシステムはありません。親や教師、周りの大人に恵まれていれば良いですがそうでなければ・・・
3ヶ月程度の中長期の目標を立てるイベントがほぼ無い
『少しだけ挑戦的な目標』というのはすぐに達成できる目標ではなくコツコツ積み上げたすえに達成できるような目標のことを言います。
このような目標は、少なくとも3ヶ月くらいの期間をかけることが望ましいです。
しかし3ヶ月以上の長期にわたる目標を学校生活で得ることは困難です。
テスト勉強の場合
テスト勉強は、3学期制で年5回、2学期制で年4回です。夏休みなどの長期休暇を考えると、1〜2ヶ月に1回はテストがある状態です。常に短期目標に追われているような状態です。
部活の場合
部活は良いです。大会というわかりやすい目標、わかりやすい結果があります。期間も夏の大会、秋の新人戦のようにある程度の期間が空きます。
フィードバックをきちんと行うことで成長を実感できると思います。
しかし部活は、昨今の学校の先生が激務であることからもわかる通り、教育システムとして運用されているわけではありません。
つまりこれも、教師やコーチに恵まれる必要があります。
受験勉強の場合
受験勉強は最低でも半年以上かけて頑張る大きなイベントです。
『少しだけ挑戦的な目標』を立てて自分を成長させる良い機会だからやってみようと思う人と、そうでない人に分かれます。
なぜなら、『少しだけ挑戦的な目標』をたてたことがない人が、自分の進路を決める重大イベントで『少しだけ挑戦的な目標』を設定できるでしょうか?
塾や予備校などは『少しだけ挑戦的な目標』の達成を手助けする存在です。当然お金がかかるので、それが教育格差を生んでいるという側面もあると思います。
しかし塾や予備校は魔法使いではありません。あくまでも『少しだけ挑戦的な目標』の達成を手助けするだけです。
すでに『少しだけ挑戦的な目標』を経験したことのある生徒とそうでない生徒では明確な違いがあります。
『少しだけ挑戦的な目標』を立てる機会の段階から差があることは知っておいた方が良いでしょう。
そしてこのような差が社会人になるまでに積み重なって、MBO(目標管理)で成長して成果を出せる人とそうでない人に分かれている原因の一つになるのです。