高校社会の倫理に登場する哲学者の思考法を学ぶシリーズです。
古代から哲学者と言われる人たちは、論理的思考によって本質について考えを深め、新しい発見をしてきました。
古代ギリシャの哲学者たちが残した哲学は、ルネサンスによって”再発見”されます。
17世紀以降、ヨーロッパの科学は他の地域よりも大きく発展していきます。その陰には哲学者たちの論理的思考がありました。
この記事では、イギリス経験論の祖と言われるフランシス・ベーコンがまとめたイドラ論について解説します。
結論から言うと、自分が体験したことでも、受け取りかたによって事実はことなってしまうので、4つの切り口で自分の体験も疑ってかかるのが良いということです。
フランシス・ベーコン
ベーコン(1561年 – 1626年)はイギリス経験論の祖と言われる人物です。「イギリス経験論」は、デカルトから始まる大陸合理論とともに、17世紀の科学革命に大きな影響を与えました。
17世紀の科学革命で有名な人物は、地動説のコペルニクスやガリレイ、万有引力の法則のニュートンなど、その後の科学を変える人たちです。
17世紀の科学革命で活躍した人たちは、実験や観察という誰にでも再現可能な方法で、地動説や万有引力の法則などの説の正しさを証明しました。
実験や観察のような自身の経験を重視する考え方が「経験論」です。
知識は力なり
ベーコンが残した名言として「知識は力なり」というものがあります。
「知識は力なり」はベーコンの著作に出てくる言葉ですが、そこでベーコンは、自然のふるまいを観察し、観察から推測した知識を活用しようと言っています。
当時のヨーロッパでは、スコラ哲学と呼ばれる学問が主流でした。スコラ哲学はアリストテレスが体系化した演繹法と呼ばれる方法で思考していました。
しかしベーコンは思索によって結論を得る演繹法よりも、個々の調査や事実から結論を得る帰納法を重視しました。
※演繹法については後日記事にしますが、簡単に説明すると、絶対に正しい前提(普遍的な事実)から結論を導き出す思考法です。前提が正しければ、結論も必ず正しくなります。例えば数学の方程式は演繹法です。
帰納法
ベーコンが重視した帰納法は、複数の事実から新しい結論を推測する方法です。帰納法はあくまでも推測なので、演繹法のように正しい前提なら正しい結論になるということはありません。
しかし演繹法と違い帰納法は、法則や原理を発見することに向いています。
帰納法と演繹法の違いは図のようになります。
帰納法は事実から法則を推測し、演繹法は法則から事実を導き出します。
「リンゴが落ちた」という経験から万有引力の法則を発見したのは有名ですよね。
「リンゴが落ちた」のような観察や経験が正しければ、結論が正しくなる可能性が高まります。(蓋然性)
しかし、考えのもとになる「観察」や「体験」が必ずしも正しいわけではないというのがベーコンのイドラ論です。
結論から言うと、イドラ論とは体験したとしても、思い込みや今までの経験からくる先入観や偏見によって事実がゆがめられるかもしれないというものです。
最初のギリシャ哲学者と言われたタレスが帰納法の原型ともいえる思考法をとりました。タレスの解説記事があります。
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イドラ論
観察と実験の重要性をベーコンは訴えましたが、その一方で実験・観察には誤解や先入観、偏見がつきまとうことも指摘しました。ベーコンは錯誤の要因を分析し、あらかじめ錯誤をおかさないようにイドラ論を確立しました。
イドラ論は次の4つで構成されています。
- 種族のイドラ
- 洞窟のイドラ
- 市場のイドラ
- 劇場のイドラ
一つずつ解説していきます。
種族のイドラ
錯視のように人類一般に共通している誤認のことです。人である以上、種族のイドラは避けることができません。
具体例
下の図のような錯視は有名ですよね。これは人間の脳が勝手に修正して異なる大きさや長さに見せているのです。
実際に長さを測ると同じ長さということがわかります。見た目をそのまま信じずに、経験論が提唱する真摯な観測をすることが大事です。
洞窟のイドラ
人それぞれ固有にもっている錯覚や偏見です。受けてきた教育、個人の性癖、習慣や経験などによって誤認が生まれます。
具体例
例えば学校の掃除についての話があります。
日本人の場合、多くの人は学校で掃除の時間があり教室を掃除したと思います。しかし他の国では教室を掃除をする職員がいたりします。
そのため小学校で掃除をしている生徒の画像を見て、日本と他国では受け取りかたが異なってきます。
- 「友達と競争しながら雑巾がけしてたなぁ」
- 「子供に掃除(労働)をさせるなんてかわいそう」
楽しんでいるように見えたり、児童虐待に見えたりと育った環境によって受け取りかたが異なります。
この場合も、掃除している子供が楽しいのか辛いのか、実際に聞くことが大事です。
市場のイドラ
言葉などの情報が判断に影響を及ぼすことから生じる錯誤のことです。他者との交わりから生じます。
具体例
たとえば希少性バイアスと言われる錯誤があります。
- ショートケーキあと一個だよ!早い者勝ちだよ!
- ショートケーキたくさん作ったから買ってね!
まったく同じケーキだとしても①を選んでしまうのが希少性バイアスです。
このように言葉の受け取りかただけで、同じケーキでも価値が違うように見えてしまいます。言葉に惑わされないように実物を確認することが大事です。
劇場のイドラ
学説などの権威や、伝統などを無批判に信じることで生じる錯誤のことです。
具体例
権威性を無批判に信じてしまう例として新聞やテレビがあげられます。新聞社やテレビ局などは、大手メディアなのだから、根拠があって正しいことを伝えているはず、と思っていたら間違いだったなんてことは今までたくさんありましたよね。
見聞きしたことを無批判で信じることはやめて、自分が観察、体験したことをベースに考えることが大事です。
客観視することでイドラから抜け出す
イドラは必ずあるものだと思って検証することが重要です。
- 錯視していないか?
- 他の人でも同じ受け取りかたをするのか?
- 言葉に惑わされていないか?
- 無批判に信じていないか?
自分に問いかける癖をつけておくことでイドラから抜け出すことができます。
自分に問いかけるにはメタ認知力を高める必要があります。
なぜなら、実際に自分が経験したことを疑ってかかるには客観的に自分を見る力が必要だからです。
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思考の幅を広げるには
日本の高校までの教育は、正解が用意されている内容を勉強しています。帰納法のような考え方は重視されていません。
帰納法という思考法は、「より正解に近いと思われる答え」を出す思考法です。
共通テストで記述問題が先送りされたのは記憶に新しいですね。これはマークシート問題の「正解」ではなく、「より正解に近い」解答を求める試験形式ができないからです。
高校卒業までは「より正解に近いと思われる答え」とその問題に出会う機会が少ないですが、そのような考えもあると知っておくと思考の幅が広がります。
帰納法についても後日詳しく記事にする予定です。
まとめ
思考法には帰納法と演繹法があります。
帰納法は、さまざまな調査や事実から「より正解に近いと思われる答え」を出す思考法です。
このさまざまな調査や事実が正確であれば「より正解に近く」なります。しかし調査や事実は錯誤してしまう可能性があります。
ベーコンはその錯誤の原因を4つのイドラとしてまとめました。
- 種族のイドラ(錯視など人間ならだれでも起こるもの)
- 洞窟のイドラ(個人ごとの受けてきた教育や環境による錯誤)
- 市場のイドラ(言葉などの情報の受け取りかたによる錯誤)
- 劇場のイドラ(権威や伝統を無批判に信じることによる錯誤)
これらのイドラから脱却するには自分自身に問いかけることが大事です。
- 錯視していないか?
- 他の人でも同じ受け取りかたをするのか?
- 言葉に惑わされていないか?
- 無批判に信じていないか?
「より正解に近いと思われる答え」と問題があることを知っておくと思考の幅が広がります。
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